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さる税法違反被告事件判決に対する疑問 その10

2019/09/09

これまで主として、理論的視点及び実務的視点、また、傍聴人としての視点と、思いつくまま、感じたままを述べてきましたが、このテーマでのコラムを締め括るに当たって、主として租税法学者的な視角からも述べてみたいと思います。わが国の刑事訴訟法第1条は、「この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。」との規定を置いています。若干、敷衍しますと、この規定は、「基本的人権の保障」が全うされていることを前提に、「真相の解明」や「刑罰法令の適正、迅速な適用」がなされるべきとしていると考えることができます。

 

すなわち、どんなに真実を解明するためであって、刑罰法令に触れる者を処罰するためであることを強調したとしても、(真相を追及するあまりに)自白を強要したり、疑わしいが犯人とは断定できない人を処罰したりすることがあってはならないことを明らかにしているものと考えられます。況や直接証拠や自白もなく、また、客観的証拠も薄い中にあって、捜査機関が予断に基づいて無理矢理に捜査、間接証拠として積み上げたものを、裁判司法がそのまま認定し、確かな証拠がないまま、「疑い」だけで納税者の財産や自由が奪われるようなことがあってはなりません。その意味で、「疑わしきは被告人の利益に」は、刑事裁判の鉄則であり、正義の実現でもあります。このように、法の窮極の目的が「正義の実現」にあるとすれば、これを租税(刑)法に当てはめれば、租税(刑)法の究極の目的は「租税正義の実現」にあるといえます。

 

つまり、租税(刑)法の領域において、租税(刑)法が厳格、適正に解釈・適用され、「疑わしきは納税者(被告人)の利益に」により納税者の利益が守られれば、その帰結として納税者(被告人)の権利が擁護され、租税正義が実現することを意味します。これに加え、刑法第38条第1項が、原則として、故意犯のみを罰することとしているところから、租税刑法における逋脱犯(=脱税犯)においても、その構成要件には故意を要し、しかも、その認定は厳格、適正であることが求められることになります。そこで、これらを本件事件に当てはめて考えると、「検察官が、証拠によって公訴事実の存在を合理的な疑いを入れない程度にまで証明」しているとは、とても感じられないにも拘らず、裁判所は検察官の主張に沿った判決を下しているように思われるのです。

 

何故なら、ここまで累次にわたり触れてきているように、I税理士は、被告会社と税理士業務委任契約を締結し、税務・会計に関する一切の業務等を被告会社から委任されてはいましたが、当該委任業務の範囲に、「逋脱」ないしは「脱税」はなく、検察官によるその証拠の証明もありませんでした。検察官は、脱税することに対する「概括的故意」ないし「概括的認識」を主張し、裁判所はこれを「推認」によって認定し、判決を下しているからです。また、裁判所は、「概括的故意」と「概括的認識」との用語を区別なく使用し、更には、租税(刑)法領域で用いられる概括的認識にも「個別的認識説」と「概括的認識説」が存在し、学説・判例ともに未だ確立してはいないにも拘らず、本件事件においてこれを適用することに対する何らの説明もなされていません。これこそは、曩に述べた、「確かな証拠がないまま、『疑い』だけで納税者の財産や自由が奪」われることに繋がるものの典型といえるのではないでしょうか。

 

税理士は「税の専門家」としての重い責任が課されており、例えば、税理士法第36条には、「税理士は、不正に国税若しくは地方税の賦課若しくは徴収を免れ、又は不正に国税若しくは地方税の還付を受けることにつき、指示をし、相談に応じ、その他これらに類似する行為をしてはならない。」との規定が置かれています。税理士が当該規定に違反したときは、税理士法第45条により、2年以内の税理士業務の停止又は税理士業務の禁止の懲戒処分を受けるほか、税理士法第58条により、3年以下の懲役又は200万円以下の罰金という刑事罰が併せて科されることになります。これらの威嚇効果や規範意識形成の強制もあり、(被告会社を含めて)関与先法人が、業務委任契約を締結している税理士に脱税を依頼(委任)することは考え難く、仮令、そのような相談があったとしても、当然、断ることが可能であることからも、脱税に向けた「故意」は否定されると考えられます。

 

このほか、国税局におけるI税理士に対する質問応答で、I税理士は、借方に「外注費又は材料費」、貸方には「売上」と仕訳し、それぞれを同額計上して利益(の額)を変えずに売上高を増やしたとし、また、このように、「費用」と「収益」を同額増加させるため利益額が変わらず税額に影響しない旨を答えています。調査担当者は、「真実の売上高や利益額とは違う決算書になりますがどう思いますか」と質問し、これにI税理士は、「確かにその期だけでみると真実の数字と違いますが、売掛金の前倒しは翌期の売上が今期に計上され、翌期はその分売上が減る(期ズレさせる)ので長い目で見れば同じだと思っていました。下駄をはかせるのも利益額は変わらないため税額に影響はないので気にしていませんでした。でも、その期その期で見ると正確な数字とはなっていないのでいけないことなのかもしれませんが、父(死亡時まで被告会社の関与税理士であった)の時代からそのようなやり方をしていたため、継承していました。」と答えています。

 

この一事に限らず、I税理士は受任業務の殆ど全てにおいて、父親の税務・会計処理方法が正しいものと誤認してそのまま父親の処理方法を踏襲していたもので、そうすると、I税理士に「誤認」は認められるものの、脱税の「故意」は認められないことになります。これらに加え、I税理士は、被告法人から会計・税務に関する包括的な業務を受任し、帳簿等や申告書を作成し、自ら記名押印して税務申告してきていますが、法人代表者等の自署押印は、法人税法151条、地方税法72条の35で義務付けられており、これに違反すると、罰則も適用される大変重大かつ重要な規定でした(本件事件当時)。しかし、税務申告書等を自ら作成、自ら記名押印して課税庁に提出した、(仮に本件が司法当局が認定しているような脱税事件であるとすれば、その「実行犯」としての)I税理士の責任が何処からも問われていないのも、捜査当局において、本件事件における脱税の「故意」が認定できなかったことを暗示しているようにも考えられます。

 

行政刑法(租税刑法)の適用に当たっては、安易に刑法一般の概念を取り込み、それのみによることなく、第一義的には、行政法規がそれぞれの目的を達成するために法制化されていることに留意し、それらの刑罰法令に触れる者を処罰するに当たっては、刑訴法1条の、「刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現」の精神を没却すべきではないと考えています。この点に照らせば、本件事件は証拠及びその証明ともに不十分であり、「イノセント」ではないとしても「ノット・ギルティ」であるといえるのではないかと思われます。(このテーマおわり)   文責(G.K

 

 

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