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税務コラム

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節分雑感

2021/02/03

今回は、今までの難しい内容の話題から離れ、時事ネタとして筆者が現在取り組んでいる仕事の話題も、若干交えながら述べてみたいと思います。今年は節分が22日だそうで、何でも2日になるのは124年ぶりだそうです。国立天文台の解説によれば、地球が太陽を1周する時間が暦上の1年より6時間弱余分に掛かるため、春分の日の基準となる春分点の通過がその分遅くなり、4年で約1日(24時間)となるため、うるう年をつくることで、季節と日付が大きくズレないようにしているからだそうです。

 

そうすると、春分点の通過時刻も変動することになり、1年毎では、約6時間遅くなる一方、うるう年には4年前より幾分早まることになります。この流れによって、しばらくの間、春分が24日であったものが、今年は23日へ移動し、その前日である節分も連動して22日になったのだそうです。節分と言えば豆まきを連想しますが、意外に、豆まきの由来等についての知識や情報は持ち合わせないのが一般的ですね。かく言う私も皆無の状態なので、インターネット検索をすることにしました。すると、興味深い記事がありましたので、以下に紹介してみたいと思います。

 

「本来、節分とは季節を分けるという意味で『立春、立夏、立秋、立冬の前日』のことをいいますが、中でも旧暦で新年の始まりと重なることの多い立春の前日が重要視されるようになりました。春を迎えるということは、新年を迎えるにも等しいぐらい大切な節目だったため、室町時代あたりから節分といえば立春の前日だけを指すように」なったと言われています。「中世の陰陽道では、年越しにあたる節分の夜は、一年の中で陰から陽へと秩序が最も変わる日とされ、このような日には、普段姿を隠している鬼や魔物が出現しやすいと考えられていました。」

 

「豆まきは、それらを追い払うための行事」で、古代中国から伝来した追儺という行事に由来するようで、わが国では、「おにやらい」(追儺)という宮廷の行事が発祥だそうです。「平安時代の追儺では、方相氏と呼ばれる鬼払いの役人が先導し、桃の弓と葦の矢で魔物を追い払っていましたが、次第に広範囲にまけて生命力を意味する豆にとってかわり、社寺では『豆打ち』が行われるようになり、庶民は『豆まき』として親しむようになっていきました。」このように、「年越しにあたる節分の夜は鬼が出現しやすいと考えられていたため、鬼に豆をぶつけて追い払い、福を呼びこもうというわけで、鬼というのは邪気の象徴です。

 

『おに』という日本語は『陰(おん)』に由来するといわれています。『陰』とは目に見えない気、主として邪気のことをさし、それが『おに』なのです。また、隠れているこわいものとして『隠人(おんにん)』が変化したという説もあり、形の見えない災害、病、飢饉など、人間の力を超えた恐ろしい出来事は鬼の仕業と考えられていました。また、鬼が住むのは鬼門である丑寅の方角なので、鬼は牛(丑)の角と虎(寅)の牙を持ち、虎の皮の衣服を着けているのです。大豆は五穀のひとつで穀霊が宿るとされており、米に次いで神事に用いられてきました。大豆は米よりも粒が大きく、ぶつけた時の音も大きいので、悪霊を祓うのに最適であることや、魔の目(魔目=まめ)に豆をぶつけて魔を滅する(魔滅=まめ)にも通じます。

 

また、昔々、京都鞍馬山に鬼が出たとき、毘沙門天のお告げによって大豆を鬼の目に投げつけて退治したという話もあります。ただし、豆まきに用いられる豆は炒り豆でなくてはいけません。これは、生の豆を使って拾い忘れたものから芽が出てしまうと縁起が悪いとされているからで、『炒る』が『射る』にも通じます。つまり、『豆を炒る』=『魔目を射る』で『魔滅』と」なったようです。(https://allabout.co.jp/gm/gc/22084 2021,2,2参照「暮らしの歳時記ガイド」三浦 康子)

 

筆者は出雲の出身ですが、出雲地方では確かに大豆の煎ったものをまいていた記憶がありますが、もう半世紀以上も札幌に住んでいて、一度も、大豆をまいたことはなく、落花生を煎ったものをまき続けており、おそらく、今夜も、1年間の悪霊の退散を祈願して落花生をまくことになると思います。ただ、まいた後の落花生の1つには2個のピーナッツが入っており、後期高齢者の仲間入りをしていることから、今年もこれを年齢の数だけ食べるのは不可能なことなので、遠慮したいと思っています。

 

ところで、以下は仕事とは全く関係がありませんが、弁護士の業務について、社会通念的に考えると疑問に思われることがあったので、少しだけ、その相談の内容について述べてみたいと思います。それは、相談者の母親の死亡を切っ掛けに突然に発生した遺産分割に関する紛争です。被相続人(亡母)には、相談者と弟の2人の子供がいました。弟は最初の婚姻で1人の子供、2度目の婚姻で2人の子供を残して他界しています。被相続人は、32年間にわたり左足が不自由であり、長女である相談者に行く末を託し、口頭ながら「自分が死んだら全ての財産はあんたに上げるから当面の面倒とその後の面倒を見て頂戴ね。」と言って、当面の入院医療費及び、施設に入所した時の生活費等を渡し、相談者もそれに同意し、被相続人の一切の身の回りの世話をしていました。

 

被相続人の死亡を知らせ、その後の話し合いをするために、相談者が弟の最初の婚姻で生まれた姪(申立人)に連絡を取った途端、申立人から、突然に本件遺産相続を調停の場に持ち込む書類が弁護士を通して送られてきました。申立人は、約37年前に被相続人の家を出て以来、被相続人のもとに寄り付きもせず、連絡もせず、相談者を含め他の相続人らとも連絡を絶っていたところから、いきなり弁護士を通して調停の手続が取られたことに相談者は、大きな疑問、憤りや不信感を抱いています。

 

被相続人の、「自分が死んだら全ての財産はあんたに上げるから当面の面倒とその後の面倒を見て頂戴ね。」と言って、相談者がそれに同意し、後日、被相続人が郵便局や信用金庫に行き、それらの事情を窓口担当者と相談し、万一の事態に備えたことは、少し専門的な言葉になりますが、(口頭による)負担付死因贈与契約が成立していることを意味し、遺産ではありません。その旨は、調停に際して裁判所から送られてくる「回答書」に記載し、家庭裁判所と申立人の代理人弁護士に送達されている筈です。

 

しかしながら、当該代理人弁護士は、申立人から受任した遺産分割調停申立手続において、一方的に申立人の主張を受け容れ、複雑な家庭事情を把握することなく、本来、話し合いで十分解決すべき相続問題を、調停がらみの感情的問題に発展させ、申立人の主張を代弁し、遺産ではないもの(民法9033項)を特別受益であると誤った主張をなしています。加えて、相談者に対して遺産に関する一切の資料開示を求めています。もちろん、相談者は、この求めに対しては、プライバシー保護の観点から応ずるつもりは、ありませんとの回答をしています。

 

申立人手続代理人である弁護士は、本件遺産分割調停申立手続の主張書面において、「被相続人名義のゆうちょ銀行口座の取引履歴からすると…生命保険料○○円が引き落とされている。」として、当該被相続人名義のゆうちょ銀行口座の貯金が死因贈与により既に相談者に所有権が移転しているにも拘らず、相談者の承諾を得ることなく、勝手に閲覧した旨を記載しています。この行為は、弁護士法第23条の2を規定の拡張解釈をするものであり、不法行為に該当するものと考えられます。また、弁護士の道徳として、その相続関係業務の受任に当たっては、本来、事前に複雑な家庭事情等を把握ことなく依頼人の一方的な話のみによって手続きを進めるのではなく、求められている調停申立手続に移行する前の申立人、相手方双方の話し合いが成立するよう勧めるべきです。これによって複雑な相続問題が解決した経験は多数あります。

 

本件の場合、話し合いによって十分解決できる問題を、敢えて、後戻り不可能な調停がらみの感情的問題へと発展させ、一方的に申立人の主張を代弁しているように思われます。弁護士の使命は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することであり、その内容には、依頼された業務の中身を吟味することなく、その全てを引き受けるのではなく、弁護士としての道徳、倫理を踏まえた業務を受任し、社会正義を実現することこそが真に求められていると考えられます。相続をめぐる争いは、出だしから後戻りの効かない争いに発展させるような手段をとるよりは、とことん話し合うべきだと思われます。(おわり)

文責(G.K

 

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