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軽減税率導入論議の行方

2015/07/12
 平成29年4月の消費税率10%への引き上げ時に、軽減税率制度を導入するための制度案が今年秋に取りまとめられることを見据え、消費税の軽減税率制度の導入に向けた与党協議が本格化しているようです。自民・公明両党の与党税制協議会・消費税軽減税率制度検討委員会は、「酒類を除く飲食料品」及び「生鮮食品」並びに「精米」を軽減税率の対象とする場合の具体案と課題について議論したとする報道がされています。

それらの3項目の軽減税率の適用対象については財務省が示した3案をたたき台として議論しているようですが、その議論以前に、そもそも軽減税率(複数税率)を導入することの是非が、もっと議論されるべきではないでしょうか。消費税に複数税率を導入することで様々な問題が惹起されることが懸念されます。

先ずは納税者側についての問題点ですが、複数税率の導入には、インボイス方式の採用が不可欠とされています。インボイス方式とは、消費税の課税事業者が、商品やサービスを譲渡(販売)する際に、税率や商品に課された消費税額を記載した伝票(インボイス)を取引の相手方に発行し、インボイスを受け取った事業者は、そのインボイスの記載どおりに税額を控除(売上げの際に受け取った消費税から、仕入れの際に支払った消費税を控除)するという仕組みです。

そのインボイスの発行や保存は確実に事務負担を増大させ、売上又は仕入あるいはその双方において標準税率と軽減税率の両方の品目を取扱う事業者は、その会計処理をする上でその取引ごとにどの税率が適用されているかを区別しなければなりません。加えて、複数税率を扱うことのできるレジの導入や売上を帳簿に記入する際の複雑さに伴って生ずる費用と時間の事務負担をしなければなりません。

大企業は格別としても、そのようなレジや会計ソフトを導入ないし購入することができない中小零細企業はどうなるでしょうか、また、その対応策はどうなっているのでしょうか?中小零細事業者に対しては、何らかの事務負担の軽減措置が必要になってくると考えられますが、その措置は取られるでしょうか?

そして、何にも況して問題となるのは、軽減税率の適用対象品目の困難性が挙げられます。仮に「精米」だけを軽減税率の適用対象とすると、その対象範囲は然程広くなく、線引きは容易ですが、その対象範囲が狭いが故に、結果として納税者の負担はあまり軽くならないという帰結になります。

一方、「酒類を除く飲食料品」の適用対象といえば、消費者(国民)が毎日食べたり飲んだりする食品類だと思われますが、それは日常食品から高級食材に至るまでその種類と数は膨大で、その対象範囲はかなり広範にわたり、その分、多くの国民(納税者)の税負担は軽減することになりますが、デメリットとしては、国の税収が減ることになり、財源の穴埋め(代替財源)が必要となります。

また他方で、「生鮮食品」がその対象となると、適用対象になるかならないかの線引きが難しくなるという問題点があります。例えば、よく引き合いに出されますが、「刺し身は軽減税率の適用対象になるが、魚の干物は適用対象外」といったような問題が生起することになります。

 次に、課税庁(税務署)側についての問題点ですが、複数税率の導入は、反って消費税の徴収コストが上がってしまうのではないかと考えられます。
というのも、軽減税率を導入するためには、その適用対象品目を予め定める必要があり、その対象品目の定義規定は、一度作ってもその後に様々なケースが出ることが想定され、必要に応じて改定していくことが考えられ、不断の管理に伴う費用がかかり、また、それらを税務職員及び国民(納税者)にも周知・徹底させる必要も出てきます。

消費税の申告書も複雑なものとなり、税務調査にも手間がかかるようになり、税務職員を増員する必要も出てきます。そしてそれに伴って、再調査の請求(異議申立)から税務訴訟までを含めた税務争訟への対応も増えることが考えられます。
また、軽減税率の対象品目の選定に当たっては、それらの業界とそれを選定する政治家や官僚との癒着や天下り先が増大していくことも考えられます。

ヨーロッパ諸国では我が国の消費税に相当するVAT(付加価値税)が我が国より25年前後早く導入され、軽減税率も導入されています。長年軽減税率を運用してきているヨーロッパ諸国の軽減税率に対する評価は、今日では低いものとなっており、筆者が税制視察に訪れた際、軽減税率のない現在の日本の消費税を"最も良くデザインされた付加価値税制"と評価していました。軽減税率を先行導入していた国々においては、「軽減税率には問題があるとの認識」が一般的で、単一税率化への議論すらも出てきているようです。

いずれにしても、消費税に軽減税率を採用するに当たっては、過重な事務負担、対象品目の決定過程に対する公正性・公平性、軽減部分にかかる代替財源等々の政策課題がクリアーされなければならないものと考えられます。

文責 (G・K)

 

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