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いわゆる“理由なし通知処分”に係る裁決の批判的検証 (その6)

2023/02/15

首標のテーマと密接に繋がり、その大宗をなす本件租税法違反被告事件は、札幌国税局の査察調査の段階から「特異な経過」を辿っていたことから、代理人はもとより租税法学者としての視座からも顧りみたいと思います。当該査察調査は強引な上、杜撰極まるものでしたが、法曹関係者の誰一人これに気付くことなく、札幌国税局からの告発を受け、札幌地方検察庁は法人を代表する代表取締役(A氏)と専務取締役の(C氏)を逮捕、身柄を勾留したままで起訴し、そのまま1年以上が経過することになりました。その間に弁護側からの5回にも及ぶ保釈請求を行いましたが、その都度、検察側は「逃亡の虞」、「罪証隠滅の虞」とステレオタイプの理由による反対意見を表明して「人質」司法と揶揄される手法を駆使し、保釈が認められることはありませんでした。結果として、被疑者(後の被告人)らは勾留されたまま起訴されており、平成30年2月26日、税務代理人は、乞われて札幌地方裁判所刑事第1部合議係宛に以下を内容とする「意見書」を提出しています。

 

意  見  書

―租税逋脱事件における租税法と租税刑法との関係について―

はじめに

私は、租税を法律の視点及び会計の視点から研究する研究者として、大学においては主として租税法及び会社法を講じ、大学定年後は税理士として実務にも携わり、現在に至っております。この度、T社元代表取締役A氏及び同社元専務取締役C氏(以下、併せて「被告人ら」という。)の消費税法違反、地方税法違反、法人税法違反被告事件(以下、「本件事件」という。)における被告会社の弁護人及び被告人らの弁護人から租税法の解釈及び本件事件における租税法と租税刑法との関係についての意見を求められたので、主として、消費税法の成立過程からその特徴及び消費税法の射程並びに租税法と租税刑法の交錯とその問題点等及び租税逋脱罪として処罰する際の構成要件等につき、研究者の良心に基づき意見を申し上げたい。

 

というのも、元来、租税法は特殊な性質を有しており、一方で、その保護法益を申告納税制度に求めつつも、他方では、国家の財政収入に直結する歳入に対しての課税の公平性の確保という重要な財政政策的側面も有している。このことから、租税実体法は、租税の法的側面のみならずその経済的、財政的な側面をも考慮し、また、租税刑法は租税法上の違反の中から、特にその悪質性が顕著なもの、例えば租税逋脱犯に刑事責任を負わせ刑罰制裁を科すことで、それらの行為の抑止、予防を図らんとするものである。租税逋脱罪の研究に関しては、租税法の体系的理解はもとより、刑法総則に対する理解が不可欠であり、これら両面の深い知識が求められるところから、これまで一貫した理論構築を伴う論考は寡なかったように思われる。また、租税法規は専門的であり、その政策性、技術性は租税法上の規範内容を極めて難解かつ不明確なものとし、これに加えて税務当局による行政指導等も極めて不十分と思われるからである。

 

第1章 わが国における消費税法の成立過程

 1.消費税の導入と消費税法の創設

我が国において、付加価値税(VAT=Value Added Tax)としての「売上税」法案が国会に提出されたのは、中曽根内閣の時であったが、当該法案は中小企業経営者の反対、野党の審議拒否等の中で国会が空転し、何らの審議もされないまま廃案となった。これを教訓に、竹下内閣は付加価値税を「消費税」に改称し、「税制改革法案」、「所得税の一部を改正する法律案」、「地方譲与税法案」、「地方交付税法の一部を改正する法律案」及び「消費税法案」の税制改革関連6法案を昭和63年7月に閣議決定し、国会に提出した。これらの法案は、野党の審議拒否に遭いながらも、自民、公明、民社の三党協調により昭和6312月に強行採決され、「消費に広く薄く負担を求める税」という税制改革法の理念に沿って、3%の税率で平成元年4月1日から施行されることとなった。フランスで考案され、EU加盟国で広く採用されているVATをモデルとしてわが国に導入された消費税は、全ての財やサービスを課税対象とする消費型付加価値税であり、「多段階一般消費税」といわれる。

 

その税額の計算方法は、売上にかかる消費税額から仕入にかかる消費税額を控除したもの、すなわち課税期間内の売上に含まれている税額から、仕入に含まれている前段階の税額を控除する「前段階税額控除=仕入税額控除」方式をとるものである。しかし、野党や中小企業経営者(事業者)等の反対を緩和するために、政治的、妥協的な特例措置や制度的欠陥、法の不備等を内包したまま「消費税法」は、スタートすることとなった。例えば、小規模事業者の納税事務負担の軽減や徴税執行的配慮の観点から、簡易課税制度(導入時は、課税売上高が5億円以下である事業者は実額による仕入税額控除に代えて、80%(卸売業は90%)の「みなし仕入率」で前段階の仕入税額を算出する制度)や課税期間の基準期間(個人事業者には前々年、法人には前々事業年度)における課税売上高が3,000万円以下である事業者に対しては、消費税の納税義務を免除する「事業者免税点制度」が採用されていた。

 

2.仕入税額控除の法的意義

消費税(VAT)の母国であるEUにおいては、売上税がその原型であるが、当初の売上税には仕入税額控除が組み込まれておらず、取引回数が多ければ税額が累積する問題があり、この欠点を補うために、付加価値税には仕入税額控除が組み込まれることとなっている。

したがって、消費税が付加価値税である限り、仕入税額控除は納税者の権利であるといえ、わが国が模範としたEUでは、域内の付加価値税共通ルールを定める2006VAT指令1条2項で、納税者は仕入税額控除の権利(right of deduction)を持つと定めている。その意味においては、わが国の租税実体法上、課税計算における仕入税額控除は消費税が付加価値税であるための不可欠な仕組み、生命といえるものである。

 

ところが、わが国においては、消費税の導入当初から所与ものとして仕入税額控除が組み込まれていたために、税務行政及び司法を担当する当局並びに実務において、関係法令の理解、解釈及び重要性の認識が十分とはいえない。というのも、上に見るように、わが国がEUから、いわば継承した消費税につき、EUでは仕入税額控除が納税者の「権利」と位置付けられているのに対して、わが国の消費税法においては、その条文からは、それが権利なのか、税額を算定するための計算要素なのか判然としない。例を挙げれば、VAT指令を受けてドイツの売上税法15条1項は、「事業者は、以下の仕入税額を控除することができる」として、事業者が仕入をする際の仕入税額控除を権利として規定する。一方、わが国の消費税法の規定振りとして30条1項は、「事業者が、国内において行う課税仕入れについては、…(略)課税標準額に対する消費税額から…(略)課税仕入れに係る消費税額を…(略)控除する。」としていて、仕入税額控除が事業者の権利なのか義務なのか、また、上に述べた税額を算定するための計算要素なのか判然としない。(しかし、原則的に仕入の事実があれば、法が禁止していない限り、仕入税額控除は認められるべきものである。)

 

ともあれ、租税実体法上の観点からすれば、課税仕入をしたという事実がある限りは、必然的にそれに含まれる税額も存在していたことになる。多段階一般消費税の欠点ともいうべき、課税の累積を排除し、消費税が付加価値税として機能するために、消費税法30条が規定する仕入税額控除は、不可欠な仕組みであり、また、消費税の生命でもある。この点については、どの学説も異論のないところであるが、判例は、最高裁平成161220日判決の滝井裁判官の以下の反対意見を除いて、仕入税額控除が消費税の「生命」との認識に立っていないように思われる。因みに、滝井繁男裁判官の反対意見は、以下のとおりである。

 

<滝井裁判官の反対意見>

「仕入税額控除は、消費税の制度の骨格をなすものであって、消費税額を算定する上での実態上の課税要件にも匹敵する本質的な要素とみるべきものである。…(略)法30条7項の規定も、課税資産の譲渡等の対価に着実に課税が行われると同時に、課税仕入れに係る税額もまた、確実に控除されるという制度の理念に即して解釈されなければならない。」「…(前略)そして、法は、消費税額の算定に当たり、仕入税額を控除すべきものとした上で、帳簿等の保存をしていないとき控除の適用を受け得ないとしているにとどまるのである。法30条7項も、消費税を円滑かつ適正に転嫁するために帳簿の保存が確実に行われなければならないことを定めたものであり、着実に課税が行われるよう、課税売上げの額を正しく把握すると同時に控除されるべき税額は確実に控除されなければならないという消費税制度の趣旨を考えれば…(以下略)」との意見を表明している。

 

3.消費税法30条7項の理念・意義とその射程

上述するとおり、消費税にとって仕入税額控除は不可欠な仕組みであるが、消費税法30条7項は、「第1項の規定は、事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿及び請求書等を保存しない場合には…(略)適用しない。」とし、帳簿及び請求書等を保存しない場合には仕入税額控除を適用しないとするものである。このように消費税法30条7項は、消費税額の算定に当たり、仕入に含まれる税額を控除すべきものとした上で、帳簿及び請求書等の保存をしていない場合は、仕入税額控除の適用を受け得ないとしているにとどまることを明らかにする規定である。このことは、これまでの同条同項をめぐる争いの殆どが、「帳簿及び請求書等の保存」の解釈に、「保存」には「提示」が含まれるか含まれないかであったことからも窺えよう。(つづく)

文責G.K

 

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