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いわゆる“理由なし通知処分”に係る裁決の批判的検証 (その28)

2024/01/15

(前回の続き)

弁護人は、最初に、当該国税幹部OB税理士に被告会社と関連会社との一体性に関して、「本件事件と同様に関連会社を設立して人件費を外注費に振り替えるような事例に接した経験はありますか」と質問しています。この質問に当該OB税理士は、「個人事業主が関連会社を設立したり、親会社が子会社等を作ることはよくあり、それらのいずれにおいても、給料が外注費に振り替わる事例を多く見てきました」と回答しています。また、検察官が指摘している一体性に関わる要素としての「指揮命令系統」、「所在地」につき、当該子会社等は、「いずれも、個人事業主なり、親会社の仕事を請け負っているので、直接、個人事業主なり親会社の意向、指示を受けて仕事をしているというのが実態であり、個人の場合は、賃貸物件の一室、あるいはマンションの隣の部屋という所にありました。」と自らの経験を証言しました。

 

次に、「実際に、このような形態のものについて、これまで40数年に及ぶ(国税幹部の)キャリアの中で、実態が同一であることを根拠に、消費税法違反が問題となったケースに関わった経験は本件以外にありましたか」との弁護人の質問に、当該OB税理士は、「実際に自分が担当した事案はもとより、署長、副署長の時代でも、関連会社との関係を否認されて、消費税法違反だと指摘された事案に出遭ったことはありません。」と証言しました。また、札幌国税局による査察調査以前に、所轄税務署の税務調査を数度にわたって受けた際、2年毎に会社の開廃業を繰り返した理由(社会保険加入の強制から逃れる手段)について、租税法の側面から、その違法性の指摘がなかったことを問われ、「指摘がないということは、逆に言えば、その理由が認められたと(納税者が)捉えて当然なのでそのことを根拠に同じ行為を(納税者が)繰り返すということは、至極当たり前のことだと思います。」との証言をしているのです。

 

なお、上記を補足して当該OB税理士は、「仮に税務調査時の税務署の判断が誤っており、後の調査等々でそれが間違っていたとされた場合でも、その行為を継続させた責任は税務署側にもあるので、その責めを、加算税等として納税者にのみ負わせるというのは非常に酷なことだという風に自分は感じています」とも述べています。また弁護人が、別の観点から、消費税法違反が問われるとしても、消費税を納めるべきは被告会社ではなく、関連会社になるのではないですかと質したのに対し、「もう、その関連会社は廃業しているために、その段階で、廃業後の会社に課税するというのは困難なので、その負担を被告会社に負わせるための1つのテクニックとして、一体性という理論を(国税、検察側が)持ち出してきたものだと思います。」との重要かつ注目すべき証言をしています。

 

結局、この日は、租税に関わる理論面及び行政(執行)面から、午前中は租税法理論面の研究者で、かつて大学で教鞭をとっており、当該大学定年後は税理士として租税実務に携わっている証人が、午後からは東京国税局勤務、税務署長等の税務行政の中枢で指揮を執り活躍し、定年後は税理士として租税実務に携わっている証人の、専門家2名の証言並びに被告会社の代表者の被告人尋問があり、午後5時に閉廷しています。因みに、検察(国側)の本件の立件に至る事実認定の立論過程には論理矛盾や租税理論無視が目立ち、その主張は、明らかに詭弁、欺瞞と評価されるものでした。国税幹部OB税理士が証言しているように、租税行政実務においても、中央(東京)と地方(札幌)との法適用、法執行は平等・公平でなければならず、対応が異なっていていい筈がありません。それこそが、わが国の憲法が保障する(租税)公平主義の思想、考え方なのです。

 

ここで、本件事件において、何故「被告会社と関連会社との実質的な一体性」というアイディア(議論)が検察(国側)から持ち出されたのかについて考えてみたいと思います。これまでの税務コラムで述べてきたとおり、被告会社と関連会社との取引関係は、社会的に見ても法的に見ても請負契約としての実質を備えています。関連会社の職長をはじめとする職人らの雇用契約の相手方は、被告会社ではなく関連会社であったことは、関係書類上、疑うべくもない事実です。加えて、経理上、会計上あるいは税務上も両社は判然と区別されており、関連会社に関する詳細な帳簿が作成され、関連会社が独自に決算・申告を行っていたこと等の両社が独立の法人であったことを示す根拠は明確かつ瞭然としており、「被告会社と関連会社の一体性」という議論を媒介として、「外注費を人件費に仮装」したとする検察を含めた司法の強引とも思われる理論構成は、明らかに度を越えて不自然と考えざるを得ません。そこで、何故このような強引とも思える立論がなされるに至ったかを以下に検討してみたいと思います。

 

査察部及びその告発を受けた検察が、消費税法及び地方消費税法に関連して、本件事件を問題視するに至った核心と思しきは、「2年毎に関連会社の開廃業を繰り返し(事件当時は基準期間が2年間であり、実質その期間は免税となる)消費税の納付を免れていたこと」にあると思われます。すなわち、「消費税の基準期間を悪用して、次々に関連会社の設立、廃業を形式的に繰り返し、本来であれば、設立3年目以降(基準期間経過後)に納付しなければならない消費税を免れている」という消費税の制度上の宿命的欠陥ないし瑕疵を突く潜脱行為に対する憤慨ないし危機感にあったと思われます。しかしながら、消費税法を含め、基準期間が終了する毎に法人を閉鎖、廃業し、新規に開業、設立してはならないとする法令、規定は見当たらず、加えて、消費税法には「行為計算の否認規定」も存在しないことから、実際の工事を受注し、施工する関連会社の計算を当該工事の発注元である被告会社の計算に引き直すこともできません。道徳的な善悪は措くとしても、法規定がない以上、租税法律主義の観点からは、「罪に問うこと」は不可能であると考えられるのです。仮に、それを許さない、あるいは許してはいけないとするのであれば、立法によってその「穴」は塞がれなければならず、それが、憲法における租税法律主義の考え方なのです。

 

また、名義人たる納税義務者についても疑問があります。仮に、検察が採る理論構成を前提にすれば、消費税を免脱していた主体は誰になるのでしょうか、それは、論理必然的に被告会社ではなく、関連会社であるということになります。何故なら、仮に消費税の基準期間(≒免税期間)経過後も関連会社が同一社名の法人として存続していた場合の納税義務者は、言うまでもなく関連会社であるからです。そうだとすれば、開廃業によって消費税を免れていたのは、関連会社ということになります。また、その場合は前述したように、本来、問題になるとすれば、「被告会社と関連会社の一体性」ではなく、「関連会社相互間の一体性」になる筈です。若干敷衍すれば、「法形式上は異なる法人名と法人格を取得してきた一連の関連会社は、実質的には同一のものと評価できるのではないか、したがって基準期間経過後は、形式的には異なる法人格となったとしても、新たに設立された法人に消費税の納税義務があったのではないか」というのが、本件事件における本来の問題意識の核心になるからです。

 

しかしながら、わが国の消費税の特質上、納税義務の判定するための基準期間(この期間は事実上免税である)を設ける必要性から、法制度上に消費税の基準期間(免税期間)が厳然と存在する以上、社会的経済的妥当性や、事柄の良し悪しはともかく、「関連会社相互間の一体性」という枠組みでは、現存する関連会社を対象としての消費税・地方消費税を徴収することは実質的に困難であると考えられます。何故なら、徴税の容易性や徴税コストにも況して、担税力という観点からは、関連会社より被告会社を対象とした方が消費税・地方消費税を徴収し易いからです。そこで、消費税の法制度上の瑕疵を突く潜脱行為に対する危機感に加え、「被告会社と関連会社の実質的な一体性」という、本来の問題意識の核心とは違うアイディアを持ち出すことにより、「被告会社が関連会社に対して正当に支払っていた外注費は、実は人件費であった」との立論の下、本件事件が立件されたと考えられるのです。

 

そこで、本来は、「関連会社相互間に実質的な同一性が認められ、新たに設立された関連会社が消費税・地方消費税を納入すべきだったのではないか」というのが問題の核心であり、関連会社が消費税・地方消費税を免れたといえるか否かが問われるべきであるにも拘わらず、「被告会社と関連会社の実質的な一体性が認められるか(認められるとすれば、関連会社に対して支払った外注費は人件費であり課税仕入れにならないのではないか)」という問題設定に論点がすり換えられ、いつの間にか被告会社が消費税・地方消費税を免れたとしてその責任が問われることとなっていったと考えられるからです。このように、本件公訴提起は、問題の核心からはズレた形で、かなり強引に行われています。その上、親子二代にわたって密接な関係にあって本件に係る事情を知悉している当時の関与税理士をはじめ、その税理士事務所の職員をあげて偽証の疑いが濃厚な検察側に有利な供述を繰り返えさせ、しかも、本件事件に係る自らの責任を法廷で認めた当該税理士に対し何らの刑事処分がない点(裁判終了の7年後に行政処分)も甚だ不可解であり、何らかの司法取引類似の取引があったことを推知させるものとなっているのです。

 

本件事件の審理を通じて、検察官の主張、立証を全面的に採用する裁判司法は、ここまでに述べてきたように、通常の社会生活上(社会通念上)は、見過ごされるような事象までも積み重ね、強引に事件と関連付ける印象操作をなして事実認定をしているように思われるものでした。そのような中で、特に検察官は、関連会社が開廃業を繰り返していたことを、被告会社と関連会社の一体性判断の重要な要素として位置づけているように感じられるものでした。このような検察官の対応は、本件事件の問題意識の出発点は「関連会社の開廃業による消費税の免脱」であった筈にも拘わらず、いつの間にか直接の争点が、「被告会社と関連会社の一体性」に置き換えられたことを強く感じさせる結果となっています。そもそも本件事件においては、「人件費を外注費に仮装したかどうか」が問われているのであって、審理すべきは、「関連会社は被告会社から独立した事業実体を有していたか否か」であり、「開廃業の判断が誰によってなされたか」ではありません。「開廃業の決定ができたのであるから被告会社と関連会社は一体」だとする暴論かつ直截的判断は誤りと評価される他ないように思われます。(つづく)

文責(G.K

 

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