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いわゆる“理由なし通知処分”に係る裁決の批判的検証 (その31)

2024/02/28

(前回の続き)

査察部は、当該金員の支出につき、「裏金」、「架空給与」、「受注工作費」に当たるなどと用語を変遷させながらA氏に自白を迫っていましたが、それらを認めないことを認識するや、「給与手当の過大計上額」であるとしての告発をし、それを受け検察もそのままを認定しているのです。その額は約3,500万円とされていますが、実態は再三述べるとおりA氏の一時的な貸付金で、しかも、その額は1,800万円であると同氏は供述しているのです。それを、査察部は恣意的に計算して自らの主張と平仄を合わせようとした結果、35,536,282円を架空給与の支給額であるとして検察庁に告発しているのです。その理由は、仮に「裏金」や「受注工作費」とすると、常識的には、いわゆる丸い数字となり、282円という端数がある筈もなく、真実性や信頼性に疑問を生じさせ、説得力にも欠けると考えた結果だと思われます。いずれにしても、35,536,282円の算出根拠はいたって曖昧、不明確な作出(捏造)と評価せざるを得ない額となっています。

 

また、本件事件においては、企業(会社)の利益を守ることが期待されている筈の旧関与税理士が、査察部はもとより、検察とある種の取引をして自らが受けるべく処分の免責等と引き換えに、検察側(国側)の証人として国側に有利な証言をするべく口裏を合わせていたのではないかとさえ思える程の態度と口上で、関与先会社の内面を虚実綯い交ぜにして法廷で証言していたのが非常に不自然で奇妙にさえ思われました。裁判という事態を受けて、旧関与税理士が、自からの税理士事務所を守らなければならないのは当然のことながら、それは、あくまで第二次的な要請で、優先すべきは、長年に渡って信頼関係で結ばれている関与先の利益を守ること及び事実に沿った真実を法廷で述べることこそが、この士業及び証人の役割、使命であると考えられるところです。

 

本件裁判は、査察部はもとより、告発を受けた検察、司法判断を示すべく裁判所の3者が「予断」を持って、ストーリーを描いたのではないかとさえ思われました。それと言うのも、いわゆる租税犯罪の解明には、租税法特有の法規の複雑な政策的、技術的要素や法文の不明確性を伴うところから、租税犯の本質的な構成要件要素である納税義務の存否や範囲についての正確な認識・判断にも困難を伴い、また、具体的納税義務の内容の認識には、複雑な租税法や関連諸法規に加えて会計原則等の正確な理解を必要とするものだからです。それらについては、租税法学及び会計学に精通した専門家にとっても容易なことではない側面があります。本判決は、まるでそれから逃避するかの如く真正面からの法律判断、解釈を避け、ないしは誤って極めて短絡的に「推認による事実認定」によって結論を導いているように思われたからです。

 

すなわち、本判決は、逋脱について、「法人税等をほ脱することの概括的な認識があれば足りると解される。」とした上で、「被告人らは、平成27年3月期の決算において、旧関与税理士が示した計算に関し、当初算出された利益額を約2億円から1億円に減少させる経理処理を行う認識があったことは明らかであり、この限度では特段争われていない。」としています。そこで、先ず「概括的な認識」について述べたいと思いますが、ここでの「概括的な認識」とは、税につき、その内容についてどの程度の知識を持ち、どの程度の税額を軽減したいという認識があったと認められれば、それを逋脱に向けられたものとして認定されるのか、客観的な基準が明確に示されてはいません。

 

と言うのも、一般国民の税に対する感覚や認識は相対的なものであり、租税負担についてはできるだけ低い方が、高負担より好ましいと考えているでしょうし、会社経営者等の、いわゆる合理的経済人が税負担の軽減等を動機、目的として行動するのは通常であり、それは判例(名古屋高判平成161028)も認めるところでもあるからです。また、逋脱犯の構成要件につき、最高裁大法廷昭和4211月8日判決によれば、「逋脱の意図をもって、その手段として税の賦課徴収を不能もしくは著しく困難ならしめるようななんらかの偽計その他の工作を行うことをいう」とされています。(詳細につき、2023/12/04掲載の税務コラムその25参照。)このことから、札幌地裁の本件判決は、大きな事実認定及び判断の誤りが存在すると考えられます。

 

要するに、逋脱犯(脱税犯)は故意犯であるところから、最高裁は、その犯罪が成立するには、「概括的な認識」ではなく、「故意」が必要であるとしているのです。その故意の内容については、学説、判例ともに逋脱犯の構成要件に該当する次の3つの全ての事実の認識を要するとする考え方が有力です。すなわち、①納税義務の存在の認識、②偽りその他不正の行為の認識、③逋脱の結果についての認識、したがって、本判決は、「最高裁判例は、一般に、下級審の裁判を拘束する」との考え方に反するものです。次に、被告人らは、「当初算出された利益額を約2億円から1億円に減少させる経理処理を行う認識」があり、それを旧関与税理士に「概括的に指示した」と認定されていますが、当該認定にも大きな疑問があります。

 

何故なら、控訴の断念に伴って国税局・検察庁が押収していた帳簿、資料等の書類が被告人らに返還されましたが、その中から発見された、札幌国税局収税官吏であるSK職員が平成271125日に作成した旧関与税理士I氏に対する質問てん末書の存在があります。当該質問てん末書の問14で、旧関与税理士は、「社長(被告人A氏)が、そんな税金(2億円)払えないと言ったと述べましたが、いつもの期に比べ、利益及び税金の額が多額であり、その金額を社長に伝えた時の社長の表情から私(I税理士)が感じたことで、社長が言っていたことはないですので、そのように訂正して下さい。」と申述しているくだりがあります。これは明らかに検察庁(国側)にとって不利な証拠となると同時に「利益額を約2億円から1億円に減少させる経理処理を概括的に指示した事実」がないことを意味しており、また、判決にも影響を与えるものと思われますが、当該質問てん末書については、隠蔽されていたか、公判中にはその存在が明らかになってはいないようでした。

 

したがって、被告人A氏には、利益額を約2億円から1億円に減少させる経理処理を行う認識がなかったこと及びそれを旧関与税理士に「概括的に指示した」事実のないことは明らかであり、この点においても、裁判所の判断は誤りと言うべきです。行政刑法に属する租税刑法は、当然に租税法(実体法)の指導理念の支配を受けることになります。そうすると、「法人税等をほ脱することの概括的な認識があれば足りる」とする本判決における考え方は、租税実体法の指導理念である租税法律主義の内容をなす「課税要件明確主義」の原則、考え方からは明らかに逸脱するものと評価され、概括的な認識から逋脱を「推認」し、租税刑法上の逋脱犯(特別刑法犯)と認定するには、より慎重であるべきです。

 

それは租税法自体が、憲法が保障する財産権に対する侵害法規であること、単純な行政犯とは異なり、特別刑法犯は身体拘束を伴う場合もあり、また、ひとたびマスコミ等の報道によって名誉が棄損されると、もはや回復が不可能となるおそれもある人権侵害の問題、また計り知れない莫大な経済的損失を被らせる問題とも絡み、特に厳格に扱う必要があると考えられるからです。本件のように、「架空の外注費を計上した」との検察側の主張は、前回にも触れた査察部の判断、事実認定を検証することなくそのまま受け容れたと思われるものである結果、後に税務代理人による検証で判明した査察部の犯した誤り、すなわち「期ズレ」、「架空の外注費(二重計上、相殺を含むとの誤認)」(2022 /08/06,2022/11/06掲載税務コラム参照)をそのまま踏襲し、裁判所はこれを認定しています。

 

そのことから、本件事件の地裁判決は、驚くほど簡単に、かつ、あっさりとしており、しかも、詳細な証拠調べ手続を経ることなく、「推認」に基づく事実認定をしていると思われます。租税犯罪の解明には、租税法特有の法規の複雑な政策的、技術的要素や不明確性を伴うところから、租税犯の本質的な構成要件要素である納税義務者の存否や範囲についての正確な認識にも困難を伴うのは曩にも触れたとおりです。因みに、裁判所のホームページには以下のような掲示がなされています。すなわち、「刑事事件においては、『疑わしきは被告人の利益に』の原則が貫かれていますから、まず、検察官が、証拠によって公訴事実の存在を合理的な疑いを入れない程度にまで証明…しなければならないわけです。…これに対して、裁判所は、被告人側の意見を聴いた上で、検察官が取調べを請求した証拠を採用するかどうかを決定、その上で採用した証拠を取り調べます」と。然るに、本件事件において裁判所は、「被告人Aは関与税理士に被告会社の利益(約2億円)を半分(約1億円)程度にするよう指示した」との、「推認」による事実認定をしているのであり、裁判所のホームページの掲示と本件判決との間には、大きな乖離があると思われます。(つづく)

文責(G.K

 

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